トップページ  家庭教師ボランティア活動の概略  ボランティア発足の経緯

| ボランティア発足ほっそく経緯けいい

 上智短期大学じょうちたんきだいがくのある秦野市はだのしは、丹沢たんざわ山並やまなみにかこまれ、とお富士山ふじさんのぞめる緑豊みどりゆたかなです。また高度経済成長期こうどけいざいせいちょうき大企業だいきぎょう工場こうじょう研究所けんきゅうじょ誘致ゆうちされ、1980年代以降ねんだいいこう海外かいがいからの研究者けんきゅうしゃ労働者ろうどうしゃ留学生りゅうがくせいかず増加ぞうかした国際色豊こくさいしょくゆたかなでもあります。

 同市どうしでは「国際都市秦野こくさいとしはだの」を旗印はたじるしかかげて国際交流行政こくさいこうりゅうぎょぅせいちからそそぎ、1985ねんには「秦野国際交流懇談会はだののこくさいこうりゅうこんだん」をげるなど、国際交流活動こくさいこうりゅうかつどう推進すいしんしてきました。
 しかし、1987ねん2がつ秦野市在住はだのしざいじゅうのカンボジア籍市民しみん地域社会ちいきしゃかい孤立こりつした結果けっか家族かぞく殺害さつがいする事件じけんきたのです。これが契機けいきとなって翌年同市よくねんどうし委託いたくけた日本語教室にほんごきょうしつ開設かいせつされました。そのこの日本語教室にほんごきょうしつは、NGO「東南とうなんアジアの人々ひとびとともあゆかい」として発足ほっそくし、本学ほんがく学生がくせい日曜日にちようびひらかれる日本語教室にほんごきょうしつにボランティア教師きょうしやベビーシッターとして自主的じしゅてき参加さんかはじめました。
 そのなかで、平日へいじつ大学だいがく授業じゅぎょうえたあとに、どもたちの家庭かていかよって学習支援がくしゅうしえんおこなう「家庭教師かていきょうし」のアイデアが学生がくせいなかからまれ、19885本学ほんがくに「家庭教師かていきょうしボランティア」が組織そしきされました。

 1991ねんには、あらたたなる国際化こくさいかすす秦野市はだのしにNGO「中南米ちゅうなんべい人々ひとびとかんがえるかい」が発足ほっそくして支援しえん対象たいしょうひろげたことをけ、本学ほんがくも「家庭教師かていきょうしボランティア」の活動対象かつどうたいしょうひろげてきました。